年末の休みを利用し、夢司は恋人と一緒にフィンランドのとある田舎町までやって来ていた。
「キレイですね……」
夢司の呟きに、彼女も頷いた。
ベットに寝転がり見上げる天井はガラス張りで、その向こうには幻想的なオーロラが浮かんでいる。
「なんだか、夢の中にいるみたいだ」
言って、夢司はこっそりと隣の恋人を伺った。
彼女はうっとりと空に見入っている。その様子に彼は内心、胸を撫で下ろした。
こうして彼女を旅行に連れ出すのは、なかなかに大変だった。たまのことだからと熱心に説得して、やっと頷いて貰ったのだ。
恋人のためならば何だってしたいと思う夢司とは裏腹に、彼女はなかなか甘やかされてはくれない。それは恋人同士になる前よりも、今の方が頑ななほどだ。
彼女は、ネックレスや時計、宝石よりも、夢司が援助している海外慈善活動のプロジェクトの方に興味を示した。
彼が現地へ出かける際には、どこにでもついて来た。インフラが整っていない場所でも、彼女は少しも嫌がらず、手振り身振りで交流しようと努め夢司を驚かせた。
そんな彼女は、婚約を交わすとますます贅沢を避けるようになった。
プライベートではお洒落は最低限に抑え、化粧は薄く、アクセサリー類も身につけるのは婚約指輪だけ。
社長とその秘書が恋人同士になった……社内にふたりの関係を悪く言う者はいなかったが、彼女はとても気をつけて、夢司に浮いたイメージが付かないよう振る舞っているのだ。
その全てが自分のためだと知っている夢司は、彼女の気遣いをありがたく思うと同時に、少し切なくも感じていた。
「……そうだ。式のことでひとつ相談したいことがあったんです」
夢司は、婚約指輪の輝く彼女の左手を握りしめて口を開く。
「あの……結婚式、2回しませんか」
彼女が目を瞬かせた。
夢司は少し早口で続けた。
「ほら、今いろいろと準備している式は、いわゆる社会的なものでしょう?
家族や友人より、仕事でお世話になっている人の方が多いくらいなんですから。
だから、もう1度……あなたとふたりで、ひっそりと式を挙げたいんです。
小さな教会で指輪を交換して……キスをして、愛を誓いたい。
だから、2回」
おずおずと告げた彼は「やっぱり面倒ですよね……」と力なく肩を竦める。
それに彼女はそっと頬を寄せた。
「いいんですか?……良かった! 写真もいっぱい撮りましょうね!」
微笑み合えば、自然と唇が近づく。
触れるだけのキスを2度。
堪えきれずに、夢司は彼女の頬を両手で包み込み、深く口付ける。
「ん、ふ、ぅ……」
舌を忍ばせ、吐息を奪う。
胸に触れながら腰を押し付ければ、ズボンの中で痛いくらいに自己主張する固い感触に、彼女の頬が朱に染まった。
キスの合間に恋人のパジャマを脱がせた。
性急にブラのフロントホックを外すと、柔らかな胸が解き放たれる。
それにむしゃぶりつきたい衝動を抑え、夢司は更に下着を脱がした。
それから彼は手を止めて、生まれたままの姿の恋人を見下ろした。
その呼吸は荒い。いつもの柔らかな眼差しは鳴りを潜め、瞳の奥では、陰鬱な、情欲の炎が燃えている。
「……何度かイッておきましょうね」
ふい、と視線を逸らしてから、彼はベットサイドに用意しておいたローションを手に取った。
「足、開いてください」
彼女は、恥ずかしげに顔を逸らし、従順に、言われた通りにした。
夢司はたっぷりと指を濡らして、穴口にも入念に潤滑油を垂らしてから指を挿し入れた。
細い指だが、そもそも大きな手だ。
指2本入れると、中はいっぱいになってしまう。
夢司は彼女を見つめたまま、空いた手で足の付け根を揉むようにしながら、もう片方の手の指で、ゆっくりと膣粘膜を広げるように動かした。
次第に強張っていた彼女の足から力が抜け、だらしなく左右に開く。
耳に届く甘やかな吐息に嬌声が滲んだ。
「可愛い……。ね、もっと、たくさん声を聞かせて……」
3本の指が滑らかに動くまで、夢司は続けた。
うねる媚肉はとろけ、奥から溢れる愛液で指がふやけそうだ。
快楽のスポットを断続的にぐうっと押せば、中が小刻みに震え出す。
絶頂の気配に、夢司の指使いが激しさを増した。
足の付け根を揉んでいた手を移動させ、剥いた陰核を挟むようにしてグリグリと押す。
「いいですよ、そのまま……イッて……」
彼女の背が反った。
夢司は半開きになった唇に唇を押し付け、指の腹で奥を探る。
と、彼女は首を左右に振って彼の手を制した。
「……どうかしましたか?」
彼女は切なげに眉を寄せた。
「私ので、イキたい……?」
告げられた言葉に、夢司の喉がゴクリと鳴る。
彼は肺の中が空っぽになるような、長く細いため息を吐いてから、ズボンに手をかけた。
「す……すぐに用意しますね」
ヘソにくっ付くほど反り立った屹立を取り出し、もたついた様子でスキンを被せる。
それから濡れそぼった穴口に、傘張った先端を宛がった。
「……挿れますよ」
先端が潜り込む。
一瞬、一息に最奥を突き上げたくなるが奥歯を噛み締め、慎重に事を進めた。
小刻みに腰を前後に動かす。
彼女の手が夢司の背に回り、ギュッと抱きしめられる。
大丈夫の合図だ。
夢司は腰を進めて、最奥を優しく突いた。
「痛くないですか?」
頬を撫でて、彼女の様子を窺う。
少し舌足らずな掠れ声が、気持ちいいです、と応える。
「動きますね」
安堵の吐息と共に、夢司は壊れ物にするみたいに彼女を抱きしめて、小さく動き始めた。
抱えた足先がピクピクと跳ねる気配がして、彼女の心地良さを伝えてくる。
夢司は唇を引き結び、鼻から吐息を逃したりして、何度か動きを止めながら続ける。
……初めて彼女を抱いた夜、夢司は最初で最後のセックスになるかもしれないと考えていた。
初めて男を受け入れた彼女のソコは、余りにも狭く、一方、通常よりも密度のある夢司の欲は凶器でしかなかったからだ。
彼は身体を重ねることを怖いと思った。
揺さぶっているうちに理性が吹き飛んで、傷付けてしまうかもしれない。
そんなことになるくらいならば、しない方が良い。
セックスを軽視するわけではないが、それよりも大事なものがある。
だから――彼女が躊躇うのならば、自分は今後一切挿入しなくてもいいと考えていた。
指で触れて、彼女が心地良くなるだけで十分気持ちはいいのだ。
しかし……彼女は求めてくれた。
快感に身をくねらせて、もっと、とねだってくれた。
ベッドの上の彼女はいつもとは違う。
お酒を飲んだ時のように素直になる。いな、それ以上に、何もまとわない、快楽に柔順な兎になる。
それが夢司にはたまらなく嬉しい。
『真面目で頭のいい女性ほど、夜は激しいものなんだ』
ふと、昔、付き合いのあった悪友の言葉が脳裏を過った。首を振ってそれを頭の中から追い出すと、夢司は目の前のことに集中した。
緩く動いて彼女を絶頂へ導き、中に挿れたまま休憩をして、彼女の呼吸が落ち着いた頃合いを見計らい再び動き出す。
陰核を指で抓んで押し、引っ張り、クリクリしたり、弾いたりしながら……
中が収縮する度に刈り取られそうな理性を押さえ込む。
そんな時だ。
彼女が耳朶に囁いた。――我慢しないでください、と。
夢司は唇を無意味に開閉させる。
それから呻いた。
「……ダメですよ。そんなことを言っては。
たぶん、あなたが思うよりもずっと……私は堪え性のない人間です。
我慢しないだなんて……貴方を傷付けてしまう」
そんな彼の瞳を、彼女は覗き込むようにして問い掛けた。
「貴方が遠慮をしていたら……?
た、確かに、それは寂しいですけど、この場合、私が我慢しないのと、貴方が我慢しないでは訳がちがいます」
夢司は言葉を探す。
すると彼女は至極真面目な様子で続けた。
「そ、その時はその時に考えましょう、って……そんな……そんなこと……」
挿入した欲が、ドクリと脈打つ。
それでも躊躇する夢司に、キスの雨が降る。
思い切り愛して欲しい、と告げる声に、世界がぐらりと揺れた。
「……止められませんからね」
夢司は細腰を抱え直し、口付けた。
彼女の後頭部を抱いて噛みつくようなキスと共に、舌で狭い口の中をかき混ぜる。
唾液を飲ませるようにしながら、腰を押し付け、いつもは避けていた最奥を一息に暴いた。
優しく優しく触れてきたそこを、打つように突き下ろす。
止められないと言いながらも、それでも恋人が心配で様子を窺えば、彼女は足を絡めてきた。
胸下で聞こえた、もっと酷くして、という切なげな声。
その瞬間、プツリと何かが切れる音がした。
と同時に、本能的に跳ねるにまかせて夢司は腰を打ち付けていた。
「ああ、もう、貴方はっ……本当に……っ!」
じゅぼじゅぼと泡立った愛液が飛び散り、辺りに淫猥な香りが立ちこめる。
途中で何度もローションを追加し、彼はがむしゃらに腰を振った。
聞いたこともない、甲高い嬌声が鼓膜を打つ。
涙で濡れる恋人の眼差しはとろけ、心地良さそうに唇が半開いて唾液が顎を伝っていた。
(好きだ。好きだ、好きだ……っ)
陶然と快楽を貪る姿に、顔が破裂するかと思うほど熱くなった。
白い肌に噛みつくようにして、いくつも赤いキスマークをつける。
両足を肩まで抱え上げ、キスをしながら最奥を犯した。
「可愛い……顔、とろけてますよ。そんなに、気持ちいいんですか?
やらしい人だな……
ふふっ……たくさんキスしながら、ん、んンッ……は、ぁ……イキましょうね……」
吐息を奪うように。
彼女のすべてを喰らって、飲み込んでしまうみたいに。
「はぁっ、はぁっ、う、ぅ……くっ……もっと……私の背中に、爪、立てていいですから……っ」
酷い抱き方だった。
それでも、止めなかった。
(困った……出しても出しても収まらない……)
何度もスキンを交換し、縛る時間が惜しくて、ティッシュに丸めてゴミ箱に放った。
オーロラの下で過ごすような、ロマンチックで甘やかな夜ではなかった。
淫猥で、露骨で、獣じみていた。
それは、ふたりだけの秘密の時間だった。
* * *
遠くに置き去りにしていた理性を取り戻すと、夢司は恋人の身体をタオルで丁寧に拭って清めた。
「すみません……無茶をしました……
あの、どこか痛かったりしませんか? 大丈夫ですか?」
あたふたする姿に、彼女は苦笑した。
それからフラフラしながらも、夢司の頭を抱いて、こめかみにキスをした。
「なんというか……凄い時間を過ごしてしまった気がします……」
ふたりは手を繋ぎベッドに身体を投げ出して、ガラスの天井を見上げた。
空はすっかり白んでいて、オーロラの姿はもはや見えない。
夢司は彼女を腕の中に閉じ込めるようにして、目を瞑った。
エアコンの風が、心地良く裸足を撫でている。
……時をおかず、ふたつの寝息が重なった。
Fin
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